資本主義社会 8
このような東洋資本主義の進展は、認めたくないことですが、「考えられない」ことではありません。
それは公務員のふところ具合の観察によるよりもむしろ、一般常識から言えることです。
事実、公務員のふところ具合は、ここ数年来この方向にたえず進んできました。
公務員の資金源は、特別手当、利益分配、副次的収入、あるいはあからさまな収賄といったように国によってさまざまですが、そのいずれをみても、公認の公的俸給がその相対的な比重をしだいに減じています。
強調しておきたいのは、高い地位の正職員の場合には公的俸給の比重がなおさら低い、ということです。
このような進展が公務員のすべての団体に波及するということは、困難であり、ほとんどありそうにないように思われます。
国家公務員が平等という長い伝統をもっている諸国では、公務員の非公式な裏の所得格差において、またさらには公務員採用の変更において、買収が果たす役割はごく限られたものとなるにちがいないでしょう。
それゆえ無政府主義的本質をもった熱狂的な教条主義に陥るのでないかぎり、つぎのような考えを受け入れることはきわめてむずかしいのです。
今日資本主義が勝利し開花しているのは、権力者(ごく小さな権力者であろうとも)がなすことのできるあらゆる買収を資本主義のうちに組み入れているためである、という考えがそれです。
発展水準が明らかとなるにつれて、買収はしだいに積極的な効果をなくしていきます。
買収は投資を強化するというよりもむしろ、投資をゆがめます。
買収は所得を増やすというよりもむしろ、所得の税金逃れをはぐくむ。買収は企業と国家の指導者を効率的な人間にするというよりもむしろ、かれらの精神と意識をねじまげるのです。
もしも買収のこの種の策略への訴えが必然的に生み出すさまざまな諸悪を罰することがなければ、買収が資本主義の機構にドーピング注入することにけっしてならないという恐れがきわめて強いのです。
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